本棚

僕は、多くの本から影響を受けてきました。そんな本を誰かに紹介したくなるのは人の常。読書を通じて感じたこと、考えたことを添えて、細々と本を紹介します。
(『』:引用箇所、表紙画像:版元ドットコム 様の利用条件に従い利用)

アフガニスタンの診療所から(中村哲/ちくま文庫)

中村哲さんが、井戸や用水路を建設するよりも前、医療活動を主としていたころの話です。この本を初めて読んで以来、中村哲さんは僕の内なる先生となりました。その勇ましい生涯に、時に叱られ、時に慰められ、時に励まされます。

後世への最大遺物
(内村鑑三/岩波文庫)

内村鑑三の講演録です。後世に何が遺せるのかを説いています。内村は、まず「金銭、事業、思想」をあげます。しかし、これらは誰もが遺せるものではなく、使い方を誤ることもある。そこで内村は、益ばかりあって、誰もが遺し得るものとして「高尚なる勇ましい生涯」をあげます。数名の人物の生涯を取り上げますが、その人の成したことの規模ではなく、「恵まれない境遇や逆境の連続においても、挑戦や努力を重ねた」という点に光を当てます。それを知った多くの人に「自分ももう少しがんばってみよう」「やればできるかもしれない」という勇気を与えるとしたら、それは事業の規模よりも余程価値のあることではないだろうかと。この本を読むと自分もそのような生涯を送りたい、という挑戦の気概が湧いてきます。

代表的日本人
(内村鑑三、鈴木範久訳/岩波文庫)

西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮という5人の日本人を西欧社会に紹介した書(原著は英語でその日本語訳)。『何人もの藤樹が私どもの教師であり、何人もの鷹山が私どもの封建領主であり、何人もの尊徳が私どもの農業指導者であり、また何人もの西郷が私どもの政治家でありました。(引用)』という節が好きです。この節では、内村鑑三自身が、5人の生き様から何度も励まされたということだけが述べられているのではないと知りました。歴史に残っていない、市井の人の中にも、5人と同じように勇敢な生涯を送った人が大勢いる。そういう人たちからも内村鑑三は励まされてきたのだ、というメッセージが滲み出ているように思えてきます。

日日是好日
(森下典子/新潮文庫)

茶道をきっかけに、主人公(著者)の内面に起こった変化を物語調で教えてくれます。『個性を重んじる学校教育の中に、人を競争に追い立てる制約と不自由があり、厳格な約束事に縛られた窮屈な茶道の中に、個人のあるがままを受け入れる大きな自由がある・・・。いったい、本物の自由とはなんだろう?(引用)』主人公は、「他の誰かと自分を比べるのではなく、昨日の自分と比べて今の自分はどうか?」という視座に立って、茶道の真髄に近づいていきます。そういう姿に僕自身も目を見開かされる気がしました。

学問のすすめ
(福沢諭吉/岩波文庫)

言わずと知れた冒頭文以外、何も知らなかったので読んでみました。『独立とは一軒の家に住んで、他人に衣食を頼らないということではない。(中略)一歩進んで「外での義務」について考えなければいけない。(引用)』という一節が印象的です。ともすれば「自分だけ、家族だけ、友人だけ良ければそれでいい」と考えてしまう自分を戒めてくれました。時空を超えて福沢諭吉さんに説教された気分!

夜と霧 新版(ヴィクトール・E・フランクル、池田香代子訳/みすず書房)

第二次大戦中、ナチスによって強制収容所に送られた著者は、そこで凄惨な仕打ちを受けます。しかし、その暴露本というわけではありません。絶望的な状況下でも希望を失わなかった人はどんな人だったのか?最後まで奪われない自由とはどのようなものだったのか?が記されています。「言語を絶する感動」という世間の評価は本当だと思いました。本書に記される壮絶な出来事の連続に、読み進むことが苦痛になるかもしれません。それでも、読み進められたとしたら、それはこの本が読み手にとって必要なときだからかも。

読書力
(齋藤孝/岩波新書)

「読書は大切」ということは、何となくわかっていたのに、習慣に出来ないまま三十路まで来てしまいました。「ここら辺で読書を習慣化しよう」と向かった図書館で偶然手にしたのが、この本でした。当時の僕の問題は「星の数ほどある本の中から、どの本を読めばいいのか分からない」ということでした。それに対して、この本は「取っ掛かりとして、この辺の本から読んでみてはどうか?」とヒントをくれたのです。また、「(読んだ冊数が全てではないにせよ)これくらいの冊数を読むと、自分の中で変化を感じられるようになるし、読みたい本も自分で見つけられるようになる」といったことを教えられました。

論語
(齋藤孝訳/ちくま文庫)

忘れられない孔子と弟子のやりとりがあります。
『弟子「ただ一つの言葉で一生かけて行う価値のあるものはありますか?」
孔子「それは<恕(じょ)>だね。思いやりということだ。自分がされたくないことは人にもしないように」』
頭で分かっていても、恕の心を実践することは難しい。だけど、その心を忘れてはいけないはず。自分が死んだ時「彼は思いやりのある人だったなあ」と言われるよう、日々励みたいものです。

人間の土地
(サン=テグジュペリ、堀口大學訳/新潮文庫)

友人の推薦書。『ぼくら人間について、大地が、万感の書より多くを教える。理由は、大地が人間に抵抗するがためだ。(序文より)』その友人は、この一節を引用して、「目の前の対象物から多くのことを感じ取れるようになりたい」と言っていました。彼は研究者で、その対象物(研究テーマ)と日々向き合い、着実にその歩を進めています。時々、彼とこの節がセットで思い出され、僕を動かす原動力になっています。

セロ弾きのゴーシュ
(宮沢賢治/角川文庫)

宮沢賢治の作品集に収められた『セロ弾きのゴーシュ』というお話。主人公のゴーシュ君は、音楽発表会に向けセロ(チェロ)の特訓をしたいのに、次から次へと訪問してくる動物たちに「あの曲を弾いてくれ、この曲を弾いてくれ」とお願いされ、翻弄されます。ゴーシュ君は、面倒くさがりながらも、何だかんだ動物たちに応対し、思いの外、発表会でも称賛を受けるのです。
この物語に対する、とても印象的な解釈があります。それは「もともと、人生とは思い通りに行かないもので、むしろ、日々刻々と変わる状況に対して、自分がどのように応答するのか、そしてその応答の連続こそが人生なんだ」というもので、僕はとても納得させられました。

どんぐりと山猫
(宮沢賢治/新潮文庫)

作品集「注文の多い料理店」に収められた『どんぐりと山猫』というお話。『セロ弾きのゴーシュ』と並んで大好きなお話です。とても不思議なお話で、大勢のどんぐり達が「誰が一番偉いのか」を争っています。どんぐり達は「我こそが一番偉い!なぜなら、一番背が高いからだ or 一番体が大きいからだ or 一番相撲が強いからだ・・・」と、各々主張するのです。山猫(裁判長)がいよいよ手を焼いて、主人公である一郎君(相談役)に助けを求めると、一郎君は次のように判決を言い渡します。『このなかで、いちばんえらくなくて、ばかで、めちゃくちゃで、てんでなっていなくて、あたまのつぶれたようなやつが、いちばんえらいのだ。(引用)』何度も励まされ、慰められた、大好きな一文です。

農民芸術概論
(宮沢賢治/八燿堂

これは宮沢賢治の思想書であり、難解です(数十ページなのですが)。解説にも「いっぺんに明らかにすることができないのは、むしろ当然だ」と書かれています。それであれば、いっそ開き直って、手に取る回数を増やし、腑に落ちる箇所があれば、そこで閉じてしまえばいい。そうやって、解釈できた箇所を少しずつ増やせばよいのだと思いました。
初めて読んだ時に、ハッとさせられたのは、『いまわれらにはただ労働が、生存があるばかりである/宗教は疲れて近代科学に置換され然も科学は冷く暗い』という節。「科学的に証明された」という枕詞がついたものを安易に信じがちの僕は、科学という宗教に取り憑かれているかもしれない。

14歳からの哲学
(池田晶子/トランスビュー)

かつて、「考えるための方法論」が知りたくて、この本を手にしました。が、その答えは書かれておらず挫折した経験があります。数年越しに読み直し、「考えるヒントは自分自身の中にある」ということが少し理解できました。日々の中で「嬉しい」「悲しい」「腹立たしい」「モヤモヤ」など、様々な思いが湧き上がります。それらの思いを一時的な出来事としてやり過ごさず、「なぜ僕はこう思うのか?」と自分に問いかけてみる。そして、その問いに自分なりに応えてみる。この繰り返しが「考える」という行為なのだと、今のところは解釈しています。

人生論ノート
(三木清/新潮文庫)

『幸福は人格である。(引用)』という一節があります。「人の性格がそれぞれ異っているように、一般的な幸せというものは存在しない。だとしたら、少し寄り道をするのもありかな?」と思えた一節です。この本は、200ページに満たない薄い本ですが、その中身は超難解!時に、(舟を漕ぎながら)同じ箇所を何度も読んでしまう、そんな本でもあります。

夢をかなえるゾウ
(水野敬也/飛鳥新社)

自己啓発本ですが、啓発してくれるのは 「ガネーシャ」というゾウの神様(表紙)なんです。なぜか関西弁を話します。悶々と過ごす主人公が、ガネーシャの指導を受けながら、本当に自分がしたいことを見出し、方向転換していくというお話です。ガネーシャというキャラクターが愛らしくて、可笑しくて、図書館で読んだ時は笑いを堪えるのが大変でした。自己啓発本を読んで満足しがちの僕ですが、実際に行動に移してみよう!という気にさせられた本でした。

【マンガ】玄米せんせいの弁当箱(魚戸おさむ 画、北原雅紀 作/小学館)

主人公は、結城玄米という人物で、とある大学の農学部に「食」の講師として赴任してきます。教室に糠漬けを持ってきたり、大学構内に菜園を作り始めたりと、破天荒な方法で講義を行います。そんな玄米先生の講義から、食の重要性はもちろん、「ラクであること」を優先し過ぎて取りこぼしてしまった、生活の知恵も教えてもらえました。この漫画を読んで以来、カレーを作るときは「玉ねぎの皮でとった出汁」を使うようになりました。

【マンガ】カムイ伝
(白土三平/小学館文庫)

舞台は、江戸時代の封建社会。士農工商という身分制度のもと、百姓は、ひたすら武士のために年貢を納めていました。一方、武士や有力商人は、百姓の不満の矛先が自分たちに向かぬよう巧みに工作します。時に、百姓同士を、別の時には百姓と非人(身分制度にも属さない人々)を敵対させるといった不条理が生々しく描かれています。そんな世の中で、「死」すらも隣り合わせの人々が懸命に生きる姿が胸を打ちます。お気に入りの7巻では、下人百姓の正助という人物が、学問によって堰を作り用水路を拓くのです。苦心しながらも農業を復興させる様子が痛快です。

【マンガ】珈琲時間
(豊田徹也/講談社コミックス)

珈琲を中心として、様々な登場人物を描いた短編マンガ集です。珈琲好きが昂じて辿り着きました。まず、絵がきれいで引き込まれますし、余韻があって、想像力の掻き立てられるストーリーにも魅了されました。もっと、この世界観に浸っていたいと思わされる漫画だったのですが、残念ながら単巻です。是非とも続編が読みたい!

常用字解
(白川静/平凡社)

漢字研究者である白川静氏による漢字字典。一字ずつ、成り立ちや用法を丁寧に解説してくれます。僕は、自分の名前に使われている漢字を調べてみました。その成り立ちや奥深い意味を知り、自分の名前を前に背筋が伸びる感覚を覚えました。

はだかの王さま
(アンデルセン/岩波書店)

王様は明らかに裸なのに、側近や街の大人たちは「可笑しい」と口にすることができません。そんな彼らの姿に自分自身の姿が重なったりもします。でも、やっぱりこの話の魅力は、話の最後。『王さまは、なんにも着てないよ!』と、子どもたちが叫ぶところだと思います。「王様は裸だ、可笑しい!」と訴えたのは、先入観や、王様との利害関係から自由な子どもたちでした。そんな子どもたちの目線や正直さは、僕自身の中にも残しておきたい。

海と毒薬
(遠藤周作/講談社文庫)

戦争末期、米軍捕虜を生体解剖したという事件を小説化したもの。主人公の勝呂さん(すぐろさん、医学助手)がなぜ解剖への協力を引き受けたのか、よくわからなかった。でも「戦時中とはそういう時代だった」と片付けてもいけない気がしました。この本からは、「自分の良心」に従って生きることの大切さと、そのことが極めて難しいことであることを同時に教えられた気がします。

タイトルとURLをコピーしました